2013.12.29 生還緑
今日は29日だから、今年も残すところ後3日ですか。

だいたい「蛇」が大嫌いな性分で、今年は良くないかなぁ~?と思いきや、当たり年でしたね。

まず1月3日、母校の日体大が30年ぶりの箱根駅伝総合優勝を決めたその日、

コンビニの駐車場で「ゴツン」と当たり・・・。
師走には「脳梗塞」で救急車で搬送されるし・・・。


良いことがない一年でしたね。来年に期待します!

ところで、50の当たり年、健康には自信があったはずなのに・・・。実はこの  「はずなのに・・・」  が一番気をつけないといけないキーポイントなのです。
何故なら、年をとって体のいろんな機能が低下しているにもかかわらず、昔取った杵柄で、「な~に、このくらい」と30年前の気持ちで生活をしてしまうという落とし穴があるのです。
実際自分が今「脳梗塞」になるとはおもってもいませんで・・・。正直、将来・・・そうですねぇー70を過ぎたくらいから気をつける病だと思っていました。

ところが・・・。チョットしたことで・・・

まず、視野が揺れ出します。視点が定まらないというか、なんか変?と思うくらい。「疲れなのかな?」と最初は、その次に右または左半身の力が入らなくなります。じわじわとです。私は風呂掃除中にそんな状態になったので、スポンジが、右手から何回も落ちまして・・・取ろうとしたときには、右腕が自分の物ではなくなっていました。次に足に来まして・・・。立てません。風呂桶に寄りかかっておりますと、口からよだれがタラ~ッと。
その時に「あぁ、脳梗塞ばい、ついに俺も半身不随か・・・」と案外冷静でした。

しかし、はって居間にたどり着くも、家には誰もいませんで・・・。「これ以上悪化して意識がなくなったら終わりだな」とか「仕事やめないといけなくなるな」とか「今から当分は入院生活で、半身不随になるんだろうな」とか「ちびどもにまだ手がいるのにな」等々走馬燈のように思いがかけめぐるのであります。
しかし、不思議と「死」に対する恐れや恐怖心はありませんでした。
一番怖いのは残された者がまだ一人前でない親としての心残りでしたね。それがあるから「まだ死ねんな」と思いました。

携帯もどこにあるか分からずに・・・。たまたま長女の「ピンクのキッズ携帯」が床に落ちていて、それを使って嫁の実家に何とか連絡を取りました。その間、実はしゃべれませんでした。数分後、義母と姉が駆けつけて、救急搬送されました。思ったことは、電話機は、床近くに置くということです。 

入院中は、その「死」についてゆっくり考えることが出来ました。良い時間?だったのか。
要するに、人間は 「生きていることが不思議なんだな 」 と 「死ぬことが当たり前なんだ」 と実際、口も動かない、右半身動かない、まるでマネキン人形みたいな状態に実際なってみると、「あぁ~この延長線に死があるのか」と、あとは意識がなくなりさえすれば「死ぬんだな」と実感できました。

何も恐れることはないんだなぁ~。と。だからこらからは、自分の人生、より一層悔いの残らないように真剣に、自分らしく、生きていこうと改めて思いましたね。死の淵を少し覗いたような体験でした。
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